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モナドナックの人たち

仕事のあと午後10時くらいにバス停から家に向かって歩いていたら、岩のところにいつもの面子、ベ二ー、カリートとチャイニーズ(ケープベルデ出身だがアジア人ぽいっという理由でチャイニーズがあだ名の20代の男の子)がそろって木の下で夕涼み(夜涼み)をしていた。「ああ、つかれた」とか『元気?』とか今日はなにをした、など他愛のない雑談のあとにケープベルデからきたばっかりという30ー40代の男の人を紹介された。マニュエル.カルロスという名前らしい。らしいというのも彼がほとんど英語がしゃべれないからだ。カリートが英語ではマニーという名前だと教えてくれた。マニーはポルトガル語とケープベルデクリオというケープベルデ現地の言葉がしゃべれて、スペイン語もほぼ分かる。今英語を勉強中らしい。人の良さそうなニコニコした人だ。私も新しい人好きだし、英語を母国語に持たないもの同士の共感より一生懸命ゆっくり簡単な英単語でお話しようとしたがなかなか意思疎通がとれない。こういうときって何となく不思議な気分になる。お互いに意思疎通をはかろうと努力しているのは分かるし、時々何となく言いたいことが分かるときもあるし、私は普段は ”人同士、言葉がつうじなくてもわかりあえる”をモットーにしているのに、やっぱり共通語なしにはわからない。

カリートがマニーはパパ(この辺のケープベルデ1族の長)の息子さんでちょっと前にアメリカにきたんだよ、とまた教えてくれた。マニーは片言の英語で、週3回近くの公民館で英語の授業とコンピューターの授業をとっているといった。英語の先生はイタリア人(おそらくイタリアン系アメリカ人)でいい人で、歩いて公民館までいっている、と一生懸命教えてくれた。公民館まで遠くない?と聞くと、「遠くない」と指で歩く人のまねをして答えた。あとは近所の話をちょっとしたりした。会話の中で私にとって1番印象に残ったのはマニーが『こういうこと(公民館でとっているコンピュータクラス)を学ぶは移民として大切なことだと思うから」と言った事だった。アメリカ社会は自己主張や権利主張がつよく、マニーのいう「ーーとしてすべき事(自分の利己、権利主張とは直結した関係がなく)/大切な事」ということを久しく自分が考えていない事に気づいた。私が最後に「私として大切なこと」を考えたのはいつだっただろう、と考えてしまった。

最終的にはマニーはめぐまれていると思う.ケープベルデから移民としてきて、英語がしゃべれないとしても週3回コンピューター、英語のクラスをとる余裕ある人はアメリカンドリームを求めてくる移民の人たちの中にはあまりいない。私はアメリカに住んでいるが、もともとは大学留学としてアメリカにきて卒業後、仕事をみつけて居着いてしまったパターンである。アメリカ社会の複雑さや移民についてなど教科書上の知識以外、全く知らずに今まで過ごしてきた。(私もアメリカ人からみれば移民にみえるのだろうか...いつおうビザは非移民だし、一応「移住」はしてないつもりだが。。。)

何が言いたいのか分からなくなってしまったが、モナドナックの人たちが私が知らずにきたこと、考えなかった事など新しい視点をみせてくれる。ということがいいたかったのかな。。。