" />

帰国

 

5月病というのは新入社員でもなんでもない、フリーランスの写真家である私には当てはまらないかもしれないが、4月末に帰国した。 なんとなく日本に帰りたくなって、仕事の調整がとれたので帰省した。

私は出身地が千葉なのだが、私にとっての故郷は日本だ。海外生活が長くなると、故郷の境界線が甘くなってきて、ここが故郷、というよりこれが故郷になってくる。 小学校の校舎、学生時代に通った道、記憶の中では確かに懐かしいと感じるのだが、実際に感傷に浸れるような気がして足を運んでみると、期待していたほど懐かしさを感じない。

私にとって故郷を感じるのは夏の成田空港に到着した時べとりと肌に感じる熱気、空港からの電車で部活帰りの学生たちの日本語の会話が聞こえると帰ってきたな、と実感する。 何年か前、向田邦子さんの書いた物で思い出をネズミ花火に例えたエッセイを読んだことがある。向田さんは1つの思い出が連鎖して思いがけないところに記憶を連れていく、ということを書いていた。私にとってそれらの小さなことが導火線となり思い出のネズミ花火に火をつけているのだろう。

好きな映画の一つにスタンドバイミーがある。 その映画の1シーンにスクラップヤード(屑鉄置き場)に忍びこみ、友人たちとふざけあっているときに大人になった主人公ゴールディーのナレーションがはいる。 “ Everything was there and around us. We knew exactly who we were and exactly where we were going. It was grand.“ (あの時私たちの周りにすべてがあった。自分自身がだれであるか、これからどこにいくのか、ということがすべてはっきりしていて、すべてが素晴らしかった。) 心地よい安心感、安定感、私にとって故郷とはそういうものである。 しかし日本滞在が日を重ねると故郷はよそよそしい借り物のような顔を見せてくる。誰かの生活にお邪魔している錯覚、自分の居場所がいまいち掴めないのだ。 17年間アメリカに住んでいるので生活の基盤が日本にないのは当たり前のことだが、日本にせっかくいるのに、という焦燥感とのギャップに時々軽い苛立ちと共にうろたえている自分がいる。 記憶の中にある故郷の心地よさに憧憬するのだが、現実の私はリラックスするのが苦手だ。 常に動いていて、ゆっくりしたい、ゆっくりしたい、と言ってストレスを発散して幸せなタイプである。かっこよく言えば A rolling stone gathers no moss 苔生すことなく動き続ける石、のような生き方に憧れた。 アメリカにいるとしっくりくる考え方だ。

今から7年前2009年、当時4年ぶりに帰国した時私は初めて入国審査表に職業;写真家と書いた。 恥ずかしいような嬉しい気持ちで書き終わった後、ニヤニヤしてしまったのを覚えている。 今思えばそれによって何かが保証されたわけでもないし、自分で名刺をつくって一人でニヤニヤしているようなものかもしれないが、その時は誇りに思った。

その飛行機の中で読んだ雑誌にのっていたある役者さんのインタビューに昔彼は先輩の役者さんに、自身のキャリアについて悩んでいたとき、辞めるか辞めないか、考えるのは10年はやい、と言われたと書いてあった。 あれから何度も成田空港で入国審査表を記入した。写真家と書くとき、もう初回のようなドキドキ感はないが、まだしがみついている自分への苦笑、安堵、静かな幸福感がある。